許すとは・・・人生の主役は誰か

どうやって許すのか?許すとは何か?などのテーマがよく出ます。きっと永遠のテーマでもありますね。

辞書にはどう載っているのかと思い調べてみました。

「怒り・いかり」は、「奴」に「心」と書き、「ゆるす」と言えば、通常は「許す」ですが、「恕す・ゆるす」という「如」に「心」と書く「ゆるす」もあるのです。

見た目非常によく似ていてビックリしました。

字の成立ちから意味をみると、

「怒り」は、「心」と張り詰めるという意味の「奴」からなり、気張っている・腹を立てる様の意味となります。「奴」はしもべと言う意味もあるので、怒りで心が囚われるとも。

「恕す」は、「心」と緩やかという意味の「如」からなり、心を緩やかに相手をゆるす・思いやる様の意味となります。

怒りという感情は、本当にやっかいなものです。怒りにはすぐ火がつくのに、それを許すとなると、大変です。自分に縁の深い人ほど(自分自身かもしれません)、近い関係のある人ほど、怒りの炎を消すのは難しいようです。ハートに詰まり物ができたかのように苦しい感じ。

でも自分の中の怒りを感じて、その怒りを解き放ちたいと思うことは非常に大切で大事な事と思います。
アイツムカツク!とイライラしているだけでない。どこか怒りに振り回されている自分を憐み解放されたいと願い、それを行おうと一歩前進しようとしているから。

遠藤周作先生のエッセイの中の一説で、
・・・我々は我々の人生ではいつも主役のつもりでいるからだ。確かにどんな人だってその人の人生という舞台では主役である。そして自分の人生に登場する他人は皆それぞれの場所で自分の人生の傍役のつもりでいる。
・・・傍役と言うのは、言うまでもなく、主役のそばにいて主役のためにいる役である。その務めは主役と共に芝居の運行をつくっていくのだが、また主役を引き立てるためにもある。』

生まれてくる前に自分で決めた人生には、怒りをテーマにする時が組み込まれているのです。それは相手に対する怒りや自分に対する怒りであり、時として、同時に起こっていることも多いですね。

怒りや自己軽蔑の感情が強すぎて、その怒りや傍役(脇役・サブキャラ)にエネルギーと時間を費やしてしまい、自分の人生は自分が主役なのだという事を忘れてしまってはもったいないです。怒りで張り詰めた状態の心をゆるめて、自分の中から解放してその感情から抜け出せたらハートも楽になりますよね。

怒りを感じている相手も、自分の人生の中では傍役です。自分に対して嫌な事をされたりしますが、傍役にも役割・役柄があり、成長を促すような、嫌な役を買って出てくれた方であり、つまり傍役は、主役の為にいるのです。

魂の成長の為に登場したサブキャラと思って、冷静になり、その原因や前世からの思い癖に気づき、その怒りを思いっきり解放し、手放していくことでその気持ちも費やした時間も癒されます。

相手の心の根っこまでは変える事は出来ないけれど、自分の人生のシナリオは、自分で進めて行くことはできるのです。

勇気を持って一歩を踏み出す決意をしましょう。自分が自分の人生の中の主人公であると思い出しましょう!

そして、余裕が出てきたら、自分も誰かの人生で良い傍役でありたいと思いながら過ごせていけるとうれしいですね。

**************************************
最新情報や過去の記事はカテゴリー別にご覧いただけます。
下記リンクをクリックして下さい。
・徒然思った事 ・ハートチャクラの事 

・イベント出展情報 ・お知らせ ・天界の瞑想会@経堂

・天界と魂と思い癖の事(HPブログとして設定済)